私の氣が必要な方がいる。
氣には形がある。
形というのは隠喩で、色とか匂いでもいいんですけど、兎に角、人によって違う。
自分に欠けた氣というものがある。
自分にはない、形の氣とも色の氣とも表現できる。
たいてい、自分とは遠いが、親近感を感じる人間がそれを発している。
そのことに人生の後半になると氣が付くことが多い。
人間は欠けたものが欲しくなるのです。
私は氣の形というのは練ることはできるけど、死ぬまで大きくは変わらないものだと思う。
それでも、自分以外の氣に触れると何かが響いてきます。
パズルのピースのように、外周の形がぴったり合うことがあります。
そう感じます。
氣がぴったり合うと、お互いの裡の何かが変わるんです。
合わないと思っていても、少し角度を動かかすと、合ったりします。
そこが技術なんです。
氣に関して、私の場合は多くを音楽から学んだように思います。
若い頃は適当に生きていて、普通の道を外れていましたので、そういった方向に練磨されていると思います。
体癖や技術以前の話でした。
氣が合うのも合わないのも面白いものです。
氣が合わないことも楽しめるといいと思います。
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